世界のことを“ちょこっと学ぼう”シリーズ スリランカの国旗

世界のことを〝ちょこっと学ぼう”シリーズ

はいどうも!

今回はスリランカの国旗について少し見ていきましょう!

スリランカってどこにある?

スリランカで人気の観光スポット「シーギリア・ロック」
地球の歩き方より引用

皆さん、スリランカと聞いてすぐに場所を思い浮かべることが出来ますか?

私はもちろんわかりませんでした!

しかし今回の記事を読むことで、国旗とセットで場所まで覚えちゃいましょう!

簡単に説明いたしますと、インドの南東にある島です。

地図で見てみますと、ココですね。

場所は覚えましたか?

では次は国旗を見ていきましょう!

これがスリランカの国旗

こちらがスリランカの国旗です。

デザインを見ていきますと

左から緑、オレンジ(サフラン)、獅子とあとは四隅に何やらありますね。

この国旗デザインの意味するところは

緑のライン→「イスラム教」

オレンジ(サフラン)のライン→「ヒンドゥー教」

獅子→スリランカの多数を占めるシンハラ人(仏教徒)

四隅の葉っぱ→ブッダが悟りを開いたとされる菩提樹の木の葉っぱ(仏教)

スリランカは大多数が仏教徒で、のちにインドから少数のヒンドゥー教徒とイスラム教徒が渡ってきたようです。

ですのでスリランカでも宗教的な争いが根深く、内戦が長い間続いてきた歴史があります。

こういったことを知ると、日本がいかに宗教的に特殊な国かがわかりますね!

首都の名前が長い!

スリランカの首都は「スリジャヤワルダナプラコッテ」という長い名前です。

ちなみに街の名前は「コッテ」です。

ですので現地の人は「コッテ」と呼んでいるようです。

名称の由来は、「スリ(聖なる)・ジャヤワルダナ(第2代大統領名)・プラ(街)・コッテ(元々の街の名前)」

Wikipediaより引用

元大統領の名前が入ってるんですね。

また、こうとも記載されています。

当時のジャヤワルダナ大統領が、かつての都の名称と自分の名前が同じだったため、旧名を復活させた。そのため、街の正式名称が「スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ」(聖なる・勝利をもたらす都市・コッテ)とされた。

Wikipediaより引用

実は、この「ジャヤワルダナ」さんは日本にとても繋がりのある方なんです!

ジャヤワルダナさんと日本の繋がり

どうやらこの「ジャヤワルダナ」さんは、日本が好きだったようです。

それは、スリランカがイギリスの植民地にされていた時代に、同じく「欧米の植民地になりたくない」という一心で日本は急速に近代化し、ついに日露戦争で大国を打ち破る快挙を成し遂げました。

これは当時欧米列強に植民地支配されていたアジア周辺国にとって、とても勇気を与えたことだったのです。

ジャヤワルダナさんも、当時の日本の活躍に励まされたようです。第二次世界大戦後のサンフランシスコの講和会議でこのように述べられたとされています。

「日本の掲げた理想に、独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」と述べ、また「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む(英語: Hatred ceases not by hatred, But by love.)」という法句経の一節[1]を引用して、セイロン(現:スリランカ民主社会主義共和国)は日本に対する戦時賠償請求を放棄する演説を行った。

Wikipediaより引用

「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」

素晴らしい言葉ですよね。理想はこうありたいですが、身の回りでも国際情勢を見てもなかなかこれを実行できていないのが現実です。

これを当時実行し、日本に対して損害賠償請求をしなかったなんて、凄まじい人格者だったことがうかがえます。

それだけでなく日本にも度々訪問されたり、昭和天皇の大喪たいそうの礼にも参列されています。

また日本を訪問するだけでなく、スリランカに日本の仏教関係者を招待したりと、日本とスリランカの交流に尽力してくださった方です。

1996年に死去された際、遺言により献眼・角膜提供をされています。

その遺言には「右目はスリランカ人に、左目は日本人に」と記されており、片目は日本に贈られ群馬県の女性に移植されたとのことです。

最後まで日本を愛していただけていたことが有難い限りです。

ですのでとても長い名前の首都ですが、日本人はしっかりと覚えておく必要があると思います。

「スリジャヤワルダナプラコッテ」

まとめ

スリランカの国旗は覚えられましたか?

国旗よりも「ジャヤワルダナ」さん情報がメインになってしまいましたが、それにしても世界を知るって面白いですね!

何も知らずにスリランカに旅行に行って、現地の人が親切にしてくれることを不思議に思うより、少しでも歴史を学んでいくことが日本人としての最低限の礼儀だと思いました。

学校では世界大戦中のことはサラッと勉強してお終いになってしまうので、アジアの国々に対して日本が及ぼした良い影響や悪い影響をほとんど知りません。

これは全く意味のない教育だと思います。

戦後日本はスリランカに対して「スリ・ジャヤワルダナプラ病院」という建設当時スリランカ最大規模の病院を無償プロジェクトで建設したり、様々な経済援助を行なっています。

今ある平和が、どういった歴史の上で成り立っているかを知ることこそが「平和な時代を生きる私たちの務めである」と感じました。

それでは最後にもう一度心に留めておきましょう!

「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」

ではまた!

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